宮澤・レーン事件を考える会

知っていますか?宮澤・レーンスパイ冤罪事件, 1941年太平洋戦争開戦の日北海道大学学生宮澤弘幸と親しくしていたレーン夫妻らがスパイ容疑で検挙され、冤罪にもかかわらず、重刑を受けた事件。この事件の真相を追求し、戦争による悲劇を繰り返させないために語り続ける活動を行っている。

  • 宮澤・レーン事件とは?
  • 考える会の発足
  • 会の活動の記録
  • 会の発行学習資料
  • 宮澤弘幸とレーン夫妻の物語

北大外国人教師官舎跡にモニュメントを 賛同署明をお願いします。

2022年7月18日 by admin_okui

ご承知のように、太平洋戦争が始まった1941年12月8日、北海道帝国大学工学部学生宮澤弘幸、予科英語科教師ハロルド・レーンとその妻ポーリン・レーンらが軍機保護法違反の容疑で逮捕され、宮澤とハロルドに懲役15年、ポーリンに懲役12年の重刑が科せられました。レーン夫妻は1943年に日米交換船で故国アメリカに「送還」されましたが、宮澤は極寒の網走刑務所に送られ、戦後釈放されるも獄中で罹った結核がもとで、1947年2月27歳の若さで亡くなりました。いわゆる宮澤・レーン事件です。

昨年の12月4日から今年1月末まで北大総合博物館で開催された事件80周年特別展は、博物館・文書館主催、私たち考える会協力の形で実施されました。この展示の中で北大が「軍機保護法の不合理な適用」と記したことは、事実上事件が冤罪であったと認めるに等しい出来事でした。期間中来館者が1万人をこえ、大きな感銘を与えました。私たち考える会は、この機をとらえて、北大に「外国人教師官舎跡に案内板とモニュメントの設置を」と要請することにしました(別紙要請文参照)。官舎跡に案内板を設置すること、併せて「心の会」を記念するモニュメントを設置すること、が要請の中身となっております。                                                                   皆様にこの要請への賛同をお願いするものです。モニュメント設置への一言をお書きください。

以下の要領で賛同のご意志をお寄せ下さい。要望書と一緒に北大にお届けします。

① お名前 ②お仕事または所属など(北大卒業生は卒業年をお書きください。・北大教職員はその旨も)  ③住所・電話番号 ④案内板・モニュメント設置への一言(100 字以内に) ※お名前は北大への要請以外には使用致しません。メールまたは郵便で、7月21日(火)必着(第一次集約分)で下記宛てお送り下さい。お知り合いにもお話をされご一緒に賛同の意志をいただけると幸いです。

なお、9月末には二次集約分を提出しますので7月以降も署名をお願いいたします。

送り先:奥井登代 メール  toyookui@jcom.home.ne.jp FAX   011-521-3540  自宅住所 064-0941 札幌市中央区旭丘5丁目6-61

 お問い合わせは 090-1527-9009

署名用紙は下記のアイコンをクリックしてダウンロードしてください。

賛同の署名をお願いいたします。署名用紙ダウンロード

なお下記ような一言が寄せられています。

〇アジア太平洋戦争のなかで、自由な思考、調査・研究(学問)に大きな制限、迫害がありました。そういうこと全体を考える一つの突破口になればと思います。

〇真珠湾攻撃の12月8日。その日に大学構内で北大生が逮捕されるという前代未聞の冤罪事件です。歴史的事実を後世に語り継ぐため、「形跡」を残すことは、当事者である北大の責務ではないでしょうか。学問の自由が脅かされている今だからこそ。

〇 過去の過ちは、後世が繰り返さぬようになんらかのメッセージ性の高いものを残す必要があると思います。自分の母校の悔い改めの証として、胸をはって他者に伝えたいです。 

〇戦前の過ちを繰り返さないために、語り継ぐモニュメント設置に賛同いたします。

Filed Under: お知らせ, 未分類

レーン夫妻墓前礼拝が北光教会主催で行われました。

2022年7月18日 by admin_okui

毎年、北光教会員だった1966年に亡くなられたポーリン・レーンさんの命日7月16日ごろに行われる墓前礼拝が行われました。ハロルド・レーンさんは1963年8月7日に亡くなっています。お墓には生まれてすぐ亡くなった長男のお墓とレーン夫妻の墓石が並んでいます。墓前で北光教会の指方牧師が説教をされました。「毎年レーンさんの墓前に集うことは平和の大事さとかつて戦時中に犯した教会の罪を考えるいい機会であります。この何十年、そして最近を見ても戦争はいつも安全、開放というような名のもとに起こされます。私は二つのお墓は聖書の十戒の2枚の石盤を思い起こさせます。十戒には人は殺してはならない、盗んではならない、人のものを欲しがってはならない(他人の土地をほしがってはならない)と書かれています。戦争をしてはならないということです、武力を持つということはどこまでも戦争が続くということです。力を捨てるということは最も平和を作り出していく力ではないでしょうか。大切なことは互いに愛することです。戦時中に自らに起こった不幸な事件のことを誰に言うことなく札幌の地で亡くなられ、札幌にこうしてお墓があることはレーン夫妻が札幌を愛し、札幌に住む私たちを愛しておられたことだと思います。」と。

戦後北大生であったUさんは友人たちとよくレーン家を訪れ、お茶やクッキーをごちそうになったそうですが、ハロルドさんは「汝の敵を愛せよ」という言葉をよくおっしゃったそうです。まさに レーン夫妻の愛の大きさだと思います。              

レーン夫妻と長男ののお墓
お話しされる指方牧師

  指方牧師の説教を聞く参加者

Filed Under: イベント, 会の活動の記録, 未分類

レーン夫妻を語り継ぎ、事件の記憶を刻むモニュメントの設置をー7.16集会

2022年7月5日 by admin_okui

 

昨年は宮澤・レーン事件の80周年でした。12月4日から約2か月に渡って北大総合博物館で開催された「80周年特別展」は、宮澤弘幸とレーン夫妻を襲った不条理の事件と彼らの生涯を史実に基づいて描いた画期的なものでした。会期中の来館者は1万人を超え、多くの人たちに大きな感銘を与えました。いまロシアのウクライナ侵略を契機に憲法改悪の動き、敵基地攻撃能力の保有をめざす大軍拡など戦争できる国への動きが急ピッチで進もうとしています。そうした時何が起きるか、私たちは改めてこの悲劇の歴史に学ぶ必要があります。                              毎年7月、私たちはレーン夫妻の命日にちなみ、「レーン夫妻を語り継ぐ」集いを開催してきました。今年は、戦中・戦後の札幌北光教会とレーン夫妻のかかわりについての講演です。また北大の外国人教師官舎跡に、教師と学生たちの国籍を超えた交流と事件の記憶を刻むモニュメントの設置を北大に要請する提案について報告・意見交換します。多数の皆様のご参加をお待ちしています。

日時  7月16日(土)  13:30 ~ 15:45                                                   13:30-14:00  オープニングコンサート

第1部  講演  「北光教会とレーン夫妻」  講師  相馬 述之(札幌北光教会員)

第2部 提案「外国人教師官舎跡にモニュメントの設置を」

Filed Under: イベント, 会の活動の記録, 未分類

レーン夫妻の墓前礼拝(札幌北光教会主催)のお知らせ

2022年7月4日 by admin_okui

今年は7月9日(土) 11時から円山墓地レーン夫妻の墓前で行われます。

1943年スパイ冤罪事件で検挙され、捕虜交換船でアメリカに帰国したレーン夫妻は1951年に再び北大で教鞭をと取り、アメリカ留学の学生たちのためにも力を尽くしました。ポーリン・レーンさんも教育大付属中学や南高などで英語教育に従事し、北光教会でも子供たちに英語を教えるなど、貢献されました。ハロルドさんが1963年8月7日に、1966年7月16日ににポーリンさんが亡くなり、お二人は円山墓地に埋葬されました。毎年札幌北光教会ではレーン夫妻をしのび、7月にお墓の清掃と墓前礼拝をおこなっています

Filed Under: お知らせ, 未分類

春の北海道大学に宮澤・レーン事件を訪ねて

2022年4月4日 by admin_okui

今年の大雪で雪解けが遅くなっています。北大の外国人官舎跡もいつもは4月に入ったらかわいいスノーフレークの群生が見られたのですが、やっと土が見え始め、スノーフレークが3,4か所でつぼみを持ち始めました。大雪で木の枝が多数折れて落ちています。4月17日には群生が見られると思います。午後1時に官舎跡地に集まり、清掃した後、戦時中の外国人教員官舎の様子と宮澤レーン事件のつながりを話し、昭和の初めに日本に入ってきた南ヨーロッパ原産のスノーフレークについて外来植物に詳しい持田さんにお話を聞きます。

その後学術交流会館に移動し、持田さんから北大の外来植物の話を聞き、DVD完全版「レーン・宮澤事件 もうひとつの12月8日」を見ます。作家希望の方はお9オー1527-9009に連絡をお願いします。

  • 2021年群生するスノーフレーク
  • 咲始めてから時間がたって花弁が開いていました

4月17日のちらし

Filed Under: お知らせ, イベント, 未分類

2022年2月22日は宮澤弘幸の無念の死から75年

2022年2月24日 by admin_okui

1941年12月8日スパイ冤罪事件で検挙され、懲役15年で収監され、厳しい獄中生活により衰弱し、1945年10月に釈放されたにもかかわらず、アメリカに留学するという思いを持ちながら1947年2月22日短い人生を閉じました。

2月22日、東京の北大OBOG会は弘幸が眠る新宿常圓寺の宮澤家の墓に墓参しました。山野井孝有さんも参加し、秋間美江子さんとの出会いと思い、あわせて北大総合博物館で開催された特別展の感動を語りました。なおご子息の泰史さんご夫妻もこの日墓参に加わりました。

2013年から2015年までは、2月22日に「北大生・宮澤弘幸スパイ冤罪事件の真相を広める会」が宮澤弘幸の追悼・顕彰のつどいを開催してきました。 2016年からは「宮澤・レーン事件を忘れない!北大・戦後世代をつなぐ0BOG会」がつどいと墓参を引き継ぎました。2020,21年はコロナ禍で中止となり、今年も朝日新聞の記者北大卒の青木美希さんの講演を予定していましたが、またもやオミクロン株の感染で中止せざるを得なくなり、弘幸さんの墓参のみになりました。しかしコロナ禍に負けず、私たちはこれからも北大OBOG会とともに宮澤・レーン事件を二度と起こさせないために頑張っていきたいと思います。

予定していた2.22の集会の案内
新宿常圓寺で宮澤弘幸墓参

今年は昨年12月12日の当会の集会に参加された山野井さんが弘幸さんの妹秋間美江子さんと出会ったきっかけとなった息子の登山家山野井泰史さん夫妻も参加されました。(毎日新聞記事)

最前列 泰史さん 前列左端 山野井孝有さん           3人目は泰史さんの妻妙子さん(北大OBOGの会 泉さん提供)

2.22毎日新聞記事  クリックすると拡大されます。

Filed Under: お知らせ, 未分類

宮澤・レーン事件を考えるつどい、多くの皆様のご参加ありがとうございました

2021年12月22日 by admin_okui

12月12日、北海道大学学術交流会館、第1会議室で開かれたつどいは多くの参加者の熱気あふれた                         つどいとなりました。                                                                 *画像をクリックすると大きくなります。                          

 

宮澤・レーン事件を考えるつどいプログラム

12月12日、北海道大学学術交流会館、第1会議室で開かれたつどいは多くの参加者の熱気あふれたつどいとなりました。                    1.考える会代表幹事唐渡興宣北大名誉教授から宮澤・レーン事件から学ぶこと―思想・良心の自由を生きること―と題して挨拶が                           ありました。                                                            レーン先生が良心的兵役拒否者で兵役拒否は独りよがりの意思ではなく、平和を愛する人々の意思を表明するものであったこと、宮澤弘幸は学問だけではなく、登山、旅行、文筆活動に取り組み、自己にふさわしい生き方を送っており、可能な限り「思想・良心の自由」を生きた。いま私たちは安倍がつくった忖度体制が活きている中で、あらためて時の権力に対して忖度を拒否し、「思想・良心の自由」の大切さをレーン先生、宮澤君から教えられていると。                                                     

唐渡興宣考える会代表幹事開会の挨拶
DVD 「もう一つの12月8日」を見る

2.DVD「もうひとつの12月8日」は短縮版でしたが、事件をよく理解することができた。スパイ事件の本質を知ることができた。短縮版ではなく、元のDVDを見たいなど大変好評でした。DVD上映の機会を特別展の期間中に作りたいです。                         3.考える会幹事中原さんから考える会の活動の紹介、特別展開催実現の経過、意義と課題、レーンさんについては考える会の協力者吉田氏の努力で新しい資料の発見などが話されました。

北大総合博物館特別展示見どころを語る中原幹事

                                                                                                                  

山野井孝有さん講演 博幸さん妹秋間美江子さん、宮澤・レーンスパイ冤罪事件を語る

4.山野井孝有さんの講演来年宮澤弘幸さんの命日2月22日に90歳を迎える山野井さん。秋間美江子さんとの出会いは息子の登山家泰史さんがコロラドで登山中転落事故にあったことから始まることを紹介し、泰史さんが植村賞、今年はフランスの登山のアカデミー賞といわれるピオレドール賞を受賞できたのも美江子さんの献身があったからこそと紹介。美江子さんがアルバムを北大に寄贈する際に、北大に謝罪と冤罪を認めさせるために「北大生・宮澤弘幸「スパイ冤罪事件」の真相を広める会」を結成したときに二人で広める会の代表になって頑張ったのが92歳の山本玉樹元北大教員(考える会代表幹事)と紹介しました。美江子さんのスパイの家族の苦しみがよくわかった。わかりやすい大事な思いのこもった熱弁だったという感想が多くありました。                    5.元北海道教育大学教授袁克勤氏が中国政府にスパイ容疑で拘束されている事件について長男の袁成驥さんが経過を説明。弁護士がついているようだが、いままで一度しか面会ができず、中国での情報が伝わってこない。父は身に覚えのない容疑で拘束され、宮澤・レーン事件と共通するところが多い、スパイ冤罪事件は過去のことではないと訴えました。

中国政府にスパイの疑いで拘束された元北海道教育大学教授袁克勤さんを語る息子さん

Filed Under: 未分類

北大総合博物館「宮澤・レーン事件」80周年特別展新聞報道

2021年12月15日 by admin_okui

*写真をクリックすると大きくなります。

北海道新聞
12.5北海道新聞
12.5朝日新聞北海道版

12.5読売新聞
北海道新聞投書欄

Filed Under: 会の活動の記録, 未分類

北大総合博物館「宮澤・レーン事件」80周年特別展示オープニング動画

2021年12月15日 by admin_okui

Filed Under: 会の活動の記録, 未分類

宮澤・レーン事件を考えるつどいのご案内

2021年12月9日 by admin_okui

北海道大学総合博物館 「宮澤・レーン事件」80周年特別展に寄せて

特別展に合わせて、宮澤弘幸の妹、秋間美江子さんと共に宮澤・レーン事件の運動に貢献された「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」の元代表、山野井孝有氏を招き、宮澤・レーン事件を考えるつどいを開催致します。今日までの私たちの活動の出発点を確認するとともに、これを機に運動をもう一歩前に進めるために皆さんと共に考えたいと思います。

山野井さんはこの秋、登山界のアカデミー賞といえるフランスのピオレドール生涯功労賞を受賞した山野井泰史氏の父親です。アメリカに在住する秋間美江子さんと山野井孝有氏を結び付けたのが泰史さんでした。1985年泰史さんはロッキー山脈での登山中に転落し、コロラド州ボルダーの病院に搬送され、そこでボランティアをしていた美江子さんが世話をすることになったのです。医療費の高いアメリカ、美江子さんは自宅に泰史さんを引き取り、面倒を見たのです。そこから美江子さん夫婦と山野井さん一家との家族ぐるみの付き合いが始まりました。当時は美江子さんがスパイの家族として辛い思いをしていたことは口にすることはなかったのですが、1986年国家機密法が国会で上程され上田弁護士が「戦争と国家機密法」を上梓したことから宮澤・レーン事件、秋間美江子さん、山野井さんがつながったのです。

北大では上田弁護士の調査を手伝った山本玉樹氏(考える会代表幹事)が市民講座クラーク講座を開催し市民にむけてこの事件を取り上げていました。美江子さんが弘幸さんのアルバムを北大に寄贈することになり、美江子さん、山野井氏そして山本氏がつながり、市民運動として発展していったのです。

  • ボルダーの秋間家に世話になる山野井泰史さん
  • ボルダ―美江子さん夫妻と山野井夫妻 左から山野井夫妻秋間浩氏、右端美江子さん
  • 美江子さんがボランティアでボルダーの縄跳びチームと来日し、山野井家に宿泊

Filed Under: お知らせ, 未分類

北海道大学総合博物館で「宮澤・レーン事件」80周年特別展が始まりました。

2021年12月9日 by admin_okui

 12月4日北大総合博物館において「宮澤・レーン事件」80周年特別展開催のセレモニーが行われました。宮澤・レーン事件を考える会の代表幹事、幹事などが集まりました。小澤博物館館長、山本文書館館長の挨拶がありました。お二人からはこの展示が宮澤・レーン事件を考える会の協力を得たこと、上田弁護士の著書によりこの事件が冤罪であることが指摘され、宮澤の妹の美江子さんを中心に事件を繰り返し語り継ぐ運動が広がったことを指摘し、事件を風化させず、資料を通じて事件の現在的意義、戦争について考える機会にしてほしいということが話されました。

テープカットはお二人の館長と、宮澤・レーン事件を考える会の代表幹事 山本玉樹、唐渡興宣、そして昨年亡くなった宮澤さんの妹、秋間美江子さんの遺影も一緒に行われました。その後文書館井上准教授から展示について詳しい説明がありました。

セレモニー会場
小澤北大総合博物館館長
山本北大文書館館長
テープカット唐渡代表幹事の手に秋間美江子さんの遺影が
会場入り口
展示会場
左から山本、唐渡考える会代表幹事井上文書館准教授
展示パネルを説明する北大文書館井上准教授
北大生宮澤弘幸「スパイ冤罪事件」の真相を広める会と宮澤・レーン事件を考える会の発行物も展示

Filed Under: 会の活動の記録, 未分類 Tagged With: 北海道大学総合博物館

北大のレーン夫妻が住んでいた官舎跡にも春が来ました。

2021年4月5日 by admin_okui

宮澤。レーン事件を広く知ってもらう活動の中で私たちは北大の英語教師だったアメリカ人のロバート・クルツさんと出会いました。ちょうどレーンさんの後に北大で英語を教えた方で北大でよく散歩するレーンさん夫妻を見かけたそうです。ロバートさんから官舎跡に毎年春一番にスノードロップが咲くことを教えてもらいました。秋間さんとは北海道に来られた2014年に官舎跡で会っています。

今年もまだ雪が残る官舎跡の林に見事な白い花のスノードロップの群生が見られました。毎年少しずつ群生が広がっているように思います.

スライドショーになっています。矢印をクリックしてください。

  • 雪の残る林の奥に見えるスノードロップの群生
  • 林の奥まで広がるスノードロップ
  • 咲始めてから時間がたって花弁が開いていました
  • 花弁が開き始め出しています

Filed Under: 未分類

つどい2部~宮澤弘幸のアルバムから~宮澤弘幸は満州(満洲)で何を見たのか

2021年3月7日 by admin_okui

宮澤弘幸は満州(満洲)で何を見たのか 報告 北明邦雄        

  山を愛し文学にいそしみ、貪欲に学び、学生生活を謳歌していた宮澤弘幸。その未来は無残にも27歳で断ち切られてしまった。

 1940年5月、宮澤は満鉄の懸賞論文に当選し学生10名と1か月間満州を見て回った。その時の見聞が「満州を巡りて」と題し3回にわたって『北海道帝国大学新聞』に連載された。それを読むと宮澤のものを見る目の確かさがわかる。

  • 満鉄懸賞論文合格
  • 満鉄招聘満洲調査団
  • 満洲地図
  • 弥栄へ

 1931年に関東軍は満州事変を引き起こし、翌年満州国を建国した。中国侵略の開始である。政府は昭和恐慌で疲弊した農村の過剰人口を開拓名目に満州へ送り込んだ。

 満州に足を踏み入れた宮澤は事態の本質を鋭く見抜いた。曰く、満州帝国は独立国にあらず、混乱と焦燥の満州、と。そして羅津開発、弥栄村、民族協和等々が抱える問題を具体的に指摘した。さらに農業の機械化と電化の重要性を主張した。いっぽう彼の視線の奥には、無欲に「聖鍬を振う」開拓農民に対する限りない優しさがあった。それは創作「朝から朝まで」に遺憾なく表現されている。

  • 上 孔子廟にて 下ハルピンにて
  • 寛城子にて
  • 上 三河の水車 下 大連観光
  • 上 三河にて 水く 下 奉天にて子供たちと

 宮澤は満州で見聞したことを踏まえ応募論文「大陸一貫鐡道論」に手を入れて発表した。しかし、それでもなおツメなければならない点を自覚していたのであろう、翌1941年8月に単身中国大陸に渡った。日ソ関係が一段と緊迫し日米関係も悪化の一途をたどる頃であった。

 帰国後この旅で見たことをいわば茶飲み話としてレーン夫妻に語った。それが軍機保護法違反、探知と漏えいのスパイ罪にあたるとされたのである。時代の波頭に立つ宮澤の生き方、それは同時に様々な危険と裏表であった。                     

                                                  

Filed Under: 会の活動の記録, 未分類

つどい2部~宮澤弘幸のアルバムから~文学青年宮澤弘幸

2021年3月4日 by admin_okui

文学青年宮澤弘幸         報告 河道前伸子

弘幸はアルバムに多くの短歌、俳句、詩、短い文章を書き込んでいました。それらの作品から弘幸が何を考え、感じていたかを推察していただきたいと思います。                                                          弘幸は昭和12年に北大予科工類に入学して間もなく文武会活動を始め、昭和13年度の理事になりました。昭和13年の桜星會雑誌に弘幸の詩が掲載されています。また、弁論部、講演部でも活躍していました。 構内に悠然と立つ楡の木、大学の牧場の穏やかな風景、札幌の冬景色、すべて創作の対象になりました。

また、工学部に進学した時の楽しく弾むような文章、マライーニとその家族への愛情あふれる作品が印象的です

弘幸は自然を愛し、旅行、登山、スキーを好みました。札幌近隣、阿寒国立公園、手稲山・富良野・ニセコへのスキー登山, 北アルプス縦走。

また、樺太大泊、樺太敷香、満州(2回)、千島・樺太の灯台めぐり。アイヌやオロッコに関心を持ち、平取、二風谷、オタスの杜(樺太)でも作品を残しています。

宮澤弘幸は文字通り文武両道の学生でした。

アルバムの詩や短歌は、青春を謳歌する若者の純粋な気持ちを表現しています。世界に目を向け、自立した自由な思想を持つ学生だったと思われます。

Filed Under: 会の活動の記録, 未分類

つどい2部~宮澤弘幸のアルバムから~アルバムが語る宮澤弘幸 

2021年3月2日 by admin_okui

アルバムが語る宮澤弘幸       報告 中原豊司

はじめに

宮澤弘幸は生前3冊のアルバムを残しました。1冊目が予科時代、2冊目が工学部時代とその他、そして3冊目が家族です。弘幸の逮捕時たまたま友人宅にあって押収を免れました。妹秋間美江子さんが2012年に北大に寄贈し、現在は文書館に保管されています。今日はこのアルバムの全体を紹介し、宮澤の青春とは何であったのかを考えてみたいと思います。                                                            1.北大に入学してからの弘幸は、何でも見てやろうという気持ちで学生生活を謳歌しました。友人達との旅行や登山・スキー、また文武会でも理事に推挙され文化講演活動に活躍しました。アルバム写真には、数多くの添書きや自作短歌や引用また絵はがきなども貼付され多彩な情報が盛られています。

  • 友人たちと駒ケ岳へ
  • 父と弟と近文に
  • スキーを楽しむ
  • 文武会理事に  講演会

2.英語が得意だった弘幸は外国人教員の官舎やヘッカー宅を訪ね、レーン夫妻との交流、「心の会」での繋がりを通して興味、関心を大きく広げました。特にマライーニが来てから(38年12月)は本格的に冬山や岩登りも手がけ、北大山岳部のペテガリ遭難を契機に、本邦初のイグルー作りを実践し、後に一家と同居するまでになります。

  • 冬山遭難対策のために手稲山でマライーニとイグルーの研究を
  • マライーニたちと近郊の山に
  • 学生と外国人教師野学びと親睦の会「心の会」発足

3.アイヌ研究者であったマライーニとは平取二風谷を自転車でめぐり襟裳岬を越えています。少数民族への関心は海軍の樺太大泊での勤労体験後に、オタスの杜まで足を伸ばすなど、貴重な写真を残しています。

  • 広尾方面にマライーニと自転車旅行
  • アイヌの村へ
  • オタスの杜を訪ねて

4.工学部に入学(40年)してから活動は大きく広がりアテネさっぽろでの仏語講座創設に関わって第1回講師を務め、1940年満鉄の懸賞論文に入選、8月、1カ月に及ぶ満洲旅行をしました。帰国後すぐにマライーニと穂高~槍が岳登山、翌年1月には満州旅行報告会、3月には習志野で開催された戦車学校にも参加しています。

  • 4仏語をアテネフランセで教える
  • 満鉄招聘満州旅行
  • マライーニたちと北アルプス縦走
  • 戦車学校(習志野)

5.運命の41年、弘幸は6月に二風谷を訪ね、7月伝手を頼って再度の千島、樺太旅行、8月にも再度の満州・大陸旅行に単独で出かけます。この旅行の意図は何だったのか、アルバムには明確な情報はありません。迫る戦争の足音の中、11月母とヘッカー宅を訪問、そして12月8日の全国一斉検挙で獄に繋がれます。

  • 二風谷へ マンローの家の前で
  • 大陸旅行
  • 千島へ

6.3冊目のアルバムは家族関係、北大入学前の写真です。毎年1月に家族の記念写真を撮っていますが、1942年以降そこに弘幸がいないのは痛々しさすら感じさせます。

  • 1940年1月宮澤家
  • 1942年1月 弘幸の姿はない
  • 戦後マライーニの娘ダ―チャとユキと宮澤一家と
    後列左弘幸



終わりに

不当な逮捕、スパイ容疑は冤罪であることは今日では明らかです。アルバムに残された弘幸の青春の多彩な活動と交友・交流の記録は、冤罪の不当性を雄弁に物語っていると思われます。

Filed Under: 会の活動の記録, 未分類

Copyright © 2026 · Genesis Child MiyazawaLane on Genesis Framework · WordPress · Log in