遅くなりましたが東京の北大OBOGの会、黒澤さん(講演会等の翻訳)はじめ多くの皆様のご協力を得てダーチャ・マライーニさんの訪日記録が完成いたしました。 ダーチャ・マライーニさんの素晴らしさが伝わってくる内容になっています。 ぜひ多くの皆様にひろめたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
購入を希望者される方は考える会事務局( TEL 090-1527-9009)までご連絡ください。1部500円です。

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by admin_okui
遅くなりましたが東京の北大OBOGの会、黒澤さん(講演会等の翻訳)はじめ多くの皆様のご協力を得てダーチャ・マライーニさんの訪日記録が完成いたしました。 ダーチャ・マライーニさんの素晴らしさが伝わってくる内容になっています。 ぜひ多くの皆様にひろめたいと思いますのでよろしくお願いいたします。
購入を希望者される方は考える会事務局( TEL 090-1527-9009)までご連絡ください。1部500円です。

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「写真と資料でたどるレーン夫妻の物語」について ハロルド・M・レーンは、クエーカーの家庭に生まれ、その影響 の強 い大学で学び、職もフレンズ(クエーカーの別称)協会 事務局長とな りますが、第一次大戦の兵役では反戦平和主義の 立場で良心的兵役拒 否者として行動、フランスでの復興業務に 従事します。その後、日本 政府の公募に応じ北海道帝国大学予 科の教師として 1921 年 8 月に任 用されます。 一方、アメリカンボードから派遣された宣教師 G・ローランド の娘 ポーリンは京都で生まれ、父の札幌派遣に伴い 15 歳まで を過します。 渡米して大学を卒業、24 歳で来日、札幌一中や 北海中学で 2 年ほど 教鞭を執ります。26 歳で渡米し大学同窓 生と結婚、一女をもうけま す。しかしその夫は早世し、残され たポーリン親子は札幌の父母の元 に戻ります。 予科教師H・ レーンの寄宿先は G・ローランド宅で、二人は知り合 い 1922年4月に結婚、レーン夫妻の物語の始まりです。 夫妻は 6 人の娘達に恵まれます。戦前 20 年にわたる英文学と英語指 導の中で予科生 宮澤弘幸と深い交流を持ち、全く濡れ衣の外聴容疑者 一斉検挙で2 年にわたる獄中生活、苦難の交換船での帰米、戦後北海 道大学への再任用と波乱に満ちた生涯を送ります。夫妻は事件の苦難 を話す事はありませんでした。留学や論文作成で沢山の学生・教官が お世話になりました。

宮澤アルバムを読む~詩歌・添え書きを中心に―
宮澤が残した3冊のアルバム(2012年10月と2014年5月に北大に 寄贈、現在北大文書館所蔵)の内容から弘幸の人間像に迫りました。 宮澤アルバムの空いたスペースには、写真から連想される80句 ほどの自作の短歌の他、俳句、詩、添え書きなどが書き込まれて います。また弘幸が描いたと思われる地図や挿絵も随所に見られ ます。与謝野寛・晶子、島崎藤村、ダンテ、ニーチェなど古今東 西を問わず、多くの歌人、詩人、作家、哲学者等の作品が引用さ れています。 弘幸は1937(昭和12)年に北大予科工類に入学し、間もなく文武 会の活動を始め、弁論部、講演部でも活躍していました。古典研 究会、哲学研究会なども作って勉学したそうです。北大構内、大 学の牧場、札幌市内の風景を歌や詩にしています。また、自然を 愛し、旅行、登山、スキーを好みました。札幌近郊の小樽や道東 阿寒、遠くは樺太へ旅し、手稲山・富良野・ニセコへはスキーに 行きました。特に親しい友人であったイタリア人留学生マライー ニとその家族への愛情あふれる作品も印象的です。アイヌにも深 い想いを抱きました。総じて、アルバムの詩や短歌には彼の豊か な感性と文学的素養が反映されています。自作の詩や短歌は自然 を美しく浪漫的に歌い上げるほか、自分の生を投影して省察する など青春の純粋な気持の動きを読み取ることができます。他方彼 は広く世界に目を向け、貪欲にいろんなことを学びました。とら われない目で様々な物事を探求する、いわば自立した思考、自由 な思想を持つ学生だったと思われます。 アルバムは情熱的に駆け続けた弘幸の短い生涯を象徴的に物語っ ています。
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● 宮澤・レーン事件を考える集い 2019年12月8日 頒価 500円
<p><br>講演 「大学と軍事研究の戦前・戦後」~大学の戦争責任を考える集い~<br> 講師 池内 了 名古屋大学名誉教授」</p>


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● 「レーン夫妻を語り継ぐ」その3 2018年7月14日 頒価 500円
講演 レーン姉妹と岩手の宣教師一家 講師 吉田 栄一 元盛岡高校教師
調査報告 ポーリンさんの青年期/送還されても心は札幌に 吉田 栄一
新たに発見された資料 レーン姉妹のアメリカ送還記事、ポーリンさんの日本での監獄生活の証言 ほか


レーン夫妻の5女と6女の双子の姉妹は両親の逮捕後天使病院の養護施設に引き取られ、第一次交換船で帰国の途に。船では英語が不得意の二人は親切な盛岡の宣教師シュレーヤの家族に助けられた。(交換船でで前列5人目6人目双子)(ジュレヤ著「嵐の中で」

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付録 構成劇宮沢・レーン事件「エルムに寄せて」より縮小版DVD


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● 「レーン夫妻を語り継ぐ」 2017年7月17日 頒価 500円
資料 レーン夫妻を語る
レーン夫妻の思い出


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唐渡 興宣(北海道大学名誉教授)

1941年12月㏧北大生・宮澤弘幸になにがお起きたのか?
構成劇と講演のつどい
1 宮澤君はなぜ殺されなければならなかったのか?
2 天皇制にとって最大の敵は自律的人格である。
3 何が特高の逆燐に触れたのか
4 外的行為を通じた国民改造と秩序の維持=支配体制の確立
5 自律的人格の対極にいる無責任な人間=権威主義的人格
6 宮澤君の自律的人格はどこで陶治されたか
7 宮澤・レーン冤罪事件の再来を許さない
8 宮澤君から学ぶこと生きることの意味ー
9 宮澤君が呼びかけるもの
10 生きることの意味
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荻野 富士夫 小樽商科大学教授

日露戦争前に成立した軍機保護法史と思想統制の歴史から宮澤・レーン事件の背景を探り、冤罪が明らかであるにもかかわらずハロルド・レーンと宮澤に15年、ポーリン・レーンに12年という重罪が課せられた謎にせまります。
